第6回北米シェリング協会大会報告
                                                                八幡さくら

 2018年9月6~9日にハワイ大学ヒロ校において北米シェリング協会(NASS)の第6回大会が開催された。筆者は本大会で発表を行い、英語圏におけるシェリング研究の現状に触れる機会を得たので、ここにその大会について報告する。

(1)北米シェリング協会の成立史
 北米シェリング協会の成立には英語圏におけるシェリング研究の厳しい実情が深く関わっている。協会成立に至るまでの過程については、以下はJ・ウィルス氏とS・マックグラース氏による北米シェリング協会についての報告を参照しながら紹介しておきたい。(J.Wirth and S. MacGrath, Bericht/Report on the North American Schelling Society, Schelling-Studien, 3, 2015) 従来の北米のドイツ観念論研究においてはヘーゲル哲学が主流となっており、シェリングはヘーゲルの体系に至るまでの一過程とみなされ、アカデミックな哲学的議論の中では周辺に位置づけられてきた。しかし、1990年代に入り、英語によるシェリング研究に関する文献(ex. A・ボウイ、E・A・ビーチ、D・スノウ、S・ジジェク)が飛躍的に増加し始め、それに200年代の新たな研究(ex. ウィルス、I・H・グラント、B・マシュー、マックグラース)が続いている。さらに近年若い世代の研究者らによる新しいシェリング研究(ex. T・トリットン、D・ウィスラー)が登場してきている。このような研究の背景から、シェリングをドイツ観念論の中でヘーゲルに至るまでの過渡期の人物とみなす哲学史観を脱し、適切にシェリングを英語圏の哲学に受容することが必要とされている。
 こうした状況を変化させるべく、2011年に北米シェリング協会が立ち上げられることになった。国際シェリング協会の代表者との相談を経て、北米シェリング協会は地域支部として協会を発足させることとなった。このような経緯から国際シェリング協会と北米シェリング協会の結びつきが強い。北米シェリング協会では会長を一名に決めるのではなく、カナダ、アメリカ、ドイツ(ヨーロッパ)の間で平等にリーダーシップを取っている。現在カナダの会長はマックグラース氏、アメリカの会長はウィルス氏であり、ヨーロッパの会長がL・ヒューン氏である。
 北米シェリング協会はシェリングについて英語によって研究する全ての人に開かれており、次の4つのミッションを掲げている。1)シェリングと彼と関連する人物について歴史的かつ体系的に英語による研究を進めること、2)北米の大学で少なくとも隔年で独立したシェリング会議を開催し、オンラインでプロシーディングを公開し、4年ごとに学術出版で最上の論文集を出版すること、3)英語によるシェリングに関する大学院生の研究に関する最新データを集めること、4)シェリングの著作の英語への翻訳プロジェクトをコーディネートすることである。
 これまで5度大会が開かれており、第1回大会は2012年にシアトル大学、第2回大会は2013年にロンドン・オンタリオ大学、第3回大会は2014年にニューヨーク大学、第4回大会は2015年にカナダ・セント・ジョンズのメモリアル大学、第5回大会は2017年にメキシコシティで開催された。2014年以降「スイス・ルール」を採用し、英語、ドイツ語、フランス語のいずれかで発表することができるようになった。さらに今大会ではスペイン語も使用可能となった。筆者は第4回大会にすでにコメンテーターとして参加したが、当時ドイツやオーストリア、ブラジルなど様々な地域からの参加者がおり、国際色豊かな会議を目の当たりにして驚くとともに、メモリアル大学の大学院生が積極的に参加し、運営に携わっている様子から、マックグラース氏の下で若手研究者が育ってきていることが実感された。
 これまで北米シェリング協会は二冊の論文集(オープン・ソースのジャーナルAnalecta Hermeneutica (http://journals.library.mun.ca/ojs/index.php/analecta.))と大陸哲学のカナダ協会の特別論文集Schelling After Theory, Symposium 19, 1 (2015))を出版してきたが、2017年に北米シェリング協会の公式論文集としてKabiriを設立し、2018年にその第1巻を出版した。本論文集は大会発表者の中から編集側によって招待された研究者だけが発表原稿に基づく論文を投稿することが可能になった。2017年に出版された本論文集は現在北米シェリング協会HPからオンラインでダウンロードできる(https://www.fwjschelling.org/single-post/2018/09/06/Kabiri-Vol-1-2018-The-Heritage-and-Legacy-of-FWJ-Schelling)。

(2)第6回北米シェリング協会大会について
 第六回大会は、2018年5月のハワイ・ヒロの火山噴火のため、当初予定されていたキラウェア火山のキャンプ地から、ハワイ大学ヒロ校キャンパスに場所を移して開催された。オーガナイザーは、ハワイ大学の助教授クリストファー・ラウアー氏である。今回のテーマは「シェリングと地球の哲学」であり、開催地のヒロにふさわしく、火山活動や世界霊、自然の諸力、さらにそれらとシェリング哲学との関係についての発表が募集された。学会当日には総勢31名が世界中の様々な国々(アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、メキシコ、日本)から参加し、全部で31の研究発表が英語またはドイツ語、スペイン語で行われた。発表形式は基本的に原稿の読み上げ形式で行われ、一部の発表ではパワーポイントやスライドが用いられ、レジュメが配布された。すべての発表について報告することはできないが、私が参加したセッションと今大会で聴講することのできたいくつかの発表について記しておきたい。
 学会はマックグラース氏(メモリアル大学)の挨拶に始まり、今大会に至るまでの協会史が振り返られ、様々な国々からの友人達との再会と新たな研究者達が歓迎され、大会が幕を開けた。第一日目は合計5つのセッションが行われた。第一セッション「積極哲学と消極哲学」では、J・ウィルス氏(シアトル大学)による自由論に焦点を当てた発表「自由と地球:シェリングの消極的方法と積極的方法との関係についての反省」が始められ、力強い発表と質疑が行われた(詳しい大会プログラムは以下を参照(https://www.fwjschelling.org/nass-6))。同セッションのもう一人の発表者K・ブルッフ氏(メモリアル大学)はアドルノとホルクハイマーの歴史哲学の基礎にシェリング後期哲学がいかに寄与したかが検討された。第一日目において特徴的だったのは、「ハワイにおけるシェリング」と題されたセッションである。S・ケヴェド氏(ピッツバーク大学)の「構成と象徴化してのハワイ自然宗教:問題のテストケース」とラウアー氏の「最後の生きた神:ハワイにおいてシェリングの神話の哲学を読むこと」では、ハワイで信じられているあらゆるものに宿るとされる力である「マナ」と女神ペレについて、シェリングの神話の哲学の視点から解釈が試みられた。第一日目の最終セッション「我々の時代の地質学」は広い講義室に場所を移し、大会参加者以外の一般の参加者も交えて、J・ローレンス氏(ザ・ホーリー・クロス大学)による発表「シェリングの超越論的火山活動と唯我論からの解放」と、D・スノウ氏(ロイヤル大学メリーランド)による発表「思弁的地質学」において自然哲学の観点から大地についての議論が行われ、第一日目を終了した。
 第二日目は午前中から二つの部屋において同時並行でセッションが行われ、合計7つのセッションが行われた。筆者はJ・シュタイガーワルト氏(ヨーク大学)と同じ「風景画」のセッションで、シェリングと風景画に関する発表を行った。先にシュタイガーワルト氏による発表「歴史的経験の風景画」では、C・D・フリードリヒの風景画から観察者の視点を見出し、そこに歴史的経験を認め、さらに観察者と鑑賞者の視点との関係性が具体的な作品を用いて分析された。続いて私の発表「シェリング芸術哲学における風景画の産出的自然」では、シェリング芸術哲学の講義と講演で語られる理念と産出的自然がいかに風景画と結びつきうるのかを、シェリングの風景画論とJ・A・コッホの風景画に対する批評を比較して検討した。シェリングが同時代の芸術家(ex. フリードリッヒ、ルンゲ)とどのような点で結びつきうるのかについて、歴史的事実関係を確認しながら、フロアの参加者とともに活発な議論が繰り広げられた。午後にはシェリングと宗教の関係についてのセッションでマックグラース氏の「消極哲学について何が積極的なのか?」という発表が行われた。さらに、国際シェリング協会会長のL・ヒューン氏(フライブルク大学)は「自然について:シェリングとゲーテの対話」と題した発表の中で、『超越論的観念論の体系』の中の無意識的産出が意志の前提として論じられている点を指摘し、1800年頃の自然と芸術との関係についての議論からゲーテとの類似点を解明した。
 第三日目は4つのセッションが行われ、その中には博士論文準備中の大学院生や若手研究者の発表が集中していた。第一セッションではシェリングと初期観念論者達についての発表が行われ、博士論文執筆中のG・シュポー氏(フライブルク大学)による自然哲学の序論における実在論と観念論、超越論哲学に対する批判の検討がなされ、空間モデルの差異が反省概念に与える影響が検証された。D・スミス氏(メンフィス大学)はカントとラインホルトの哲学的論争に対し、シェリングがいかに貢献しえたのかを、道徳的法に注目して『哲学ジャーナル』から『啓示の哲学』に至るまでの自己決定と自由の概念の変化を分析した。続く自由についてのセッションでは、C・アルダーウィック氏(西イングランド大学)が「自由の自然と自然の自由」と題し、自然哲学における個体と有機化の関係から、自由論における同一性の法則に繋がる道筋を示した。昼食中にビジネス・ミーティングが持たれたのち、午後からのシェリング哲学における論理的探究と自然および技術に関するセッションでメキシコからの研究者達が発表を行い、閉会となった。
 ハワイ本島にあるヒロは活火山キラウェアの国立公園を持ち、海に面した自然豊かな土地であるが、津波や火山噴火といった自然災害にも見舞われてきた。この地で開催されるにあたって大会のテーマが「シェリングと地球の哲学」となったことは非常に頷ける。このテーマをもとに発表された研究は、自然哲学を中心に、自由論から後期哲学に至るまで多岐に渡った。とりわけ、自然哲学から自由論への接続を試みる研究が見られたのも特徴の一つである。英語圏におけるシェリング研究の一つの傾向として自然哲学と自由論に関する研究が多く行われていることが挙げられる。前者はアメリカにおける自然観や環境倫理の問題とも連動すると考えられるが、後者に関しては自由論の英訳の登場が早かったことが大きく影響しており、それにより自由論研究が推進されたと考えられる。自由論のよく知られている英訳は3つあり、最初期のものは1939年に登場している(J.Gutmann [1936], P. Hayden-Roy [1987], J. Love and J. Schmidt [2006])。またI・H・グラント氏やM・ガブリエル氏が英語圏のシェリング研究を推進する役割を担っている。前述したように、様々な苦労の末に設立された北米シェリング協会のメンバー達は、再会を喜び合い、発表の質疑はもちろん休憩時間にも活発な議論を交わしていた。この協会大会でしばしば驚かされたのは、世界中から博士論文を提出し終えて間もない若手研究者の他、博士課程の学生が多数参加していたことである。彼らはドイツ留学などの機会によって既知の間柄にある者が多く、今回ドイツからカナダのメモリアル大学に短期留学する者もおり、交流が盛んであることをうかがわせた。
NASSでは各大会で「自然探求」(Naturforschung)と題される自然に関わるプログラムが会議の最終日に設定されており、学会開催地近郊の自然を実際に体験する日帰り旅行が行われる。今回は、農家の開催するマーケットを訪問し、野生に近い熱帯雨林を3時間ほど散策した。その後、ラウアー氏の邸宅で小さなパーティーを催し、リラックスした雰囲気で様々なことを語らって親交を深めた。

(3)今後について
 大会の三日目の昼食は、ラウアー氏とその家族の協力で、大学キャンパス内でアジアンフードをケータリングし、昼休みの間にビジネス・ミーティングが持たれた。北米シェリング協会は今後さらに学会としての組織づくりを進めていくとともに、国際シェリング協会と日本シェリング協会とのコラボレーションを求めている。すでに二十年を超える歴史を持つ日本シェリング協会に対して、北米シェリング協会は非常に関心を持っており、日本での研究状況や研究者間の交流を強く望んでいる。ヒューン氏は、国際シェリング協会と北米シェリング協会、そして日本シェリング協会とがともに連携して交流を活発化することによって、シェリング研究を推進していきたいと述べた。さらに具体的に、国際学会の共同開催や研究者間の交流、特に博士課程の学生間の交換留学なども言及された。アルダーウィック氏からはイギリスのシェリング研究状況が報告された。それによると、イギリスには比較的緩やかな研究ネットワークがあり、D・ウィスラー(リヴァプール大学)とI・H・グラント(西イングランド大学)、アルダーウィック氏を中心に、数年前から研究会開催と翻訳作業を共同で行っている。2015年には、リヴァプール大学哲学科と西イングランド大学哲学科との共同プロジェクト「自然の諸哲学―シェリングと彼の同時代」(2015−2017年)に関する助成金をブリティッシュアカデミーから獲得し、プロジェクトに関するウェブサイトを立ち上げている(https://schelling.org.uk/)。今後のさらに世界のシェリング協会や研究者とともに学術イベントを開催するために、研究ネットワークの助成金を獲得すべく動いている。彼らはイギリスに公式のシェリング協会を設立しない予定であるが、北米やその他のシェリング協会および協力者とグローバルに活動していくことに対しては積極的である。
 次回の第7回NASS大会は2020年5月にシュタイガーワルト氏の勤務校であるトロント・ヨーク大学で開催される予定である。トロントはハワイと比較するとヨーロッパからも距離的に近く、今大会よりも多くの参加者が見込まれる。北米シェリング協会は日本からの参加者も歓迎しており、シェリング研究に関する情報交換と研究者間の交流を望んでいる。今後国際シェリング協会も含む三つのシェリング協会が積極的に協力し、国際的な交流が生まれることが期待される。